平野玲音 メッセージ

■「歌」とカフェ・オーパー・ヴィーン

 4月19日(土)14時よりトッパンホールにて、Reine pur 第7回「歌」を開催いたします。東日本大震災から3年――陸前高田出身の歌手、菅野祥子さんと一緒に、フェルステルの《3つの夜想曲》や、震災直後に菅野さんご自身が作詞・作曲した《春なのに》などを演奏します。
 タイトルの通り、チェロとピアノのデュオもみな「歌」を表した名曲ばかり。国立歌劇場を中心とした楽都ウィーンの魅力を、“歌う楽器”チェロが余すところなくお伝えします。

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 ベートーヴェンの《「魔笛」の主題による7つの変奏曲》は、モーツァルトのオペラ《魔笛》の第1幕でパミーナとパパゲーノが歌うデュエット〈愛を感じる男の人達には〉に基づき、1801年に作曲されました。ピアノとチェロが優しく対話しながら、男女の愛をたたえます。
 ブラームスの《2つの歌曲》のオリジナル編成はアルトとヴィオラとピアノですが、ヴィオラ・パートはしばしばチェロでも演奏されます。第1曲〈鎮められた憧れ〉、第2曲〈聖なる子守歌〉共に前奏が印象的で、第2曲ではチェロが有名なクリスマス・キャロルを奏でます。
 名チェリストのロンベルクは、ベートーヴェンが彼のためにチェロ協奏曲を書きたいと申し出た時、「私は自分の作品しか演奏しない」と断ったのだとか!《オーストリア民謡によるディヴェルティメント》は、そんな鼻持ちならない(?)イメージを払拭してくれる朗らかな作品です。(原曲はギター伴奏ですが、チェロとピアノのための編曲版で演奏いたします)
 オーストリアの作曲家シュトルツは、60を超えるオペレッタのほかに、数多くのヴィーナーリートも残しています。その中の1曲《ウィーンの森に出かけて》には、「輝かしい青空」、「エメラルドのような木々の緑」……ウィーンっ子たちの自然への愛が結晶しています。
 数々の名作オペラを作曲しただけでなく、ウィーン国立歌劇場の総監督を務めた大指揮者でもあるリヒャルト・シュトラウス。歌心に満ち満ちた1883年の《ロマンス》(物語風の歌をイメージした器楽曲)からは、そんな彼の前途が聞こえてくるようです。
 チェコの作曲家フェルステルは、オペラ歌手の妻ベルタ・ラウテラーと共に長年ウィーンで暮らしました(ベルタはウィーン宮廷歌劇場で大変な人気を博したそうです)。〈夜想曲〉〈月夜〉〈全ての悲しみは去る〉から成る《3つの夜想曲》は、とりわけ冒頭が独創的――即興風のチェロに導かれ、「私は再びチェロの響きを聴いた、あの暗い夕べのように」と物語が始まります。
 1831年、ウィーンを後にしたショパンは、パリで観たマイアベーアのオペラ《悪魔ロベール》に感銘を受け、《「悪魔ロベール」の主題による大二重奏曲》を作曲しました。大のオペラ好きという、“ピアノの詩人”の隠れた一面が生き生きと伝わってきます。(名チェリスト、オーギュスト・フランショムとの合作です)
 2011年の震災直後、ウィーンの親友である菅野祥子さんが、「陸前高田の人々を励ましたい」と筆舌に尽くし難い思いを託した《春なのに》……何とか力になりたいと願っていた私にとって、共演楽器にチェロを選んでくれたのはこの上なく嬉しいことでした。同じくウィーン在住の呉睿然が、ピアノ・パートを加えて編曲しています。

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 第二次世界大戦で破壊されたウィーン国立歌劇場は、復興工事を経て、ベートーヴェンの《フィデリオ》によって1955年に再開。2005年、その50周年を記念して歌劇場の一角にオープンしたのが、「カフェ・オーパー・ヴィーン」です。
 このカフェならではの、サラダ「ロミオとジュリエット」やソーセージ「三大テノール」といったアイディア料理、オペラ・ファンの方は是非お試しあれ!
(『百味』2014年3月号に掲載された「ウィーン便り39」)

国立歌劇場内にあるリヒャルト・シュトラウスの胸像 《フィデリオ》のカーテンコール
カフェ・オーパー・ヴィーン サラダ「ロミオとジュリエット」
ソーセージ「三大テノール」
■ベートーヴェン・ターゲとイノシシの肉

 ハイドン、モーツァルト、シューベルト、メンデルスゾーン、シュトラウス一家、ブラームス、ヴォルフ、マスカーニ……ウィーン近郊の温泉保養地バーデン・バイ・ヴィーンを訪れた作曲家は、枚挙にいとまがありません。
 中でもベートーヴェンは、長年にわたってバーデンに通い続け、「第九の家」を始めたくさんの足跡を残しています。夏の終わり、前年に引き続き、このゆかりの地の音楽祭「ベートーヴェン・ターゲ」に出演しました。
 パウル・バドゥラ=スコダとイェルク・デームスがベートーヴェン・ピアノを弾いた、ベートーヴェンハウスでのコンサートを除き、ほとんどの催しの舞台となったのは、市教区教会裏手の「芸術の家」――ピエトロ・ノービレが1818-19年に建てた瀟洒なヴィラは、当時の外観を今にとどめています。
 コンサートに先立って、8月26~28日は「エドゥアルト・メルクスによる公開演奏セミナー」で3曲のカルテットを演奏。アナリーゼつきの公開リハーサルといったところで、コンサートとは別の面白さがあったのでしょう、バーデンの著名な演奏家や、分厚いベートーヴェン全集を抱えた愛好家などが熱心に耳を傾けていました。
 バーデン出身の名ヴァイオリニスト、メルクス氏のセミナーで最も印象に残っているのは、「persönlich(個性的、人間的)な演奏をしなさい」というご助言です。「国際的なカルテットが完璧を目指し、より速く、より大きな(より小さな)音で……と競い合っているが、それらはコンピューターのほうが遥かにうまくできる、無意味なことだ」と、より “Gemüt”(心、気持ち)に従った解釈を求められました。
 濃密な3日間が終わって、ほっと一息。人間味あふれるチェロを弾くためにも(苦しい言い訳?)、しばし「芸術の家」を離れ、周囲の探検に出かけます。暑すぎず寒すぎず、練習して過ごすにはもったいない素晴らしいお天気!
 目の前のカイザー・フランツ-リンクを少し右に歩くと、広大な公園「クーアパーク」への入り口があります。中に入り、並木道をまっすぐ行って、色とりどりの花に囲まれた「ランナー・シュトラウス記念像」を拝みます。
 そこから「ベートーヴェンの道」を上り、ユニークな形の「ベートーヴェン聖堂」に向かいます――1927年に、ベートーヴェンの没後100年を記念して建てられた東屋で、内部はベートーヴェンのデスマスクや、流麗な天井画などで飾られています。
 さらに森の奥へと進み、心身が自然の恵みで一杯に満たされた頃。急に視界が開け、「ルドルフスホーフ」という美しいレストランが立ち現れます。1882年に建設され、当初は「ベルクホーフ」と名付けられるはずが、皇太子ルドルフの結婚にちなんで改名されたのだとか。
 心地の良いテラスに座り、眼下に広がる絶景を愛でながら、本日のランチセットをいただきます。フリッターテンズッペ(細切りのクレープ入りコンソメスープ)から見事な味わいで、メインの詰め物をしたイノシシ肉も、(以前苦手だった記憶があるのですが)癖がないので美味しく食べられました♪
 しっかり英気を養って、9月1日のコンサートでは、弦楽四重奏曲 Op.130 と Op.132 という壮大なプログラムを、全身全霊をこめて弾き切ることができました。この日はメルクス氏の85歳のお誕生日で、演奏後にカルテットから花束を差し上げたのですが、お優しい先生がそこからバラやヒマワリを抜き取ってメンバーに下さるという、心和むシーンもありました。
 ベートーヴェンがバーデンで従事した作品群の中には、私たちが今回弾いた2曲も入っているとのこと。楽聖を肌で感じ、その精神に限りなく近い巨匠から薫陶を受けた「ベートーヴェン・ターゲ」、生涯忘れられない思い出になりそうです。
(『百味』2014年1月号に掲載された「ウィーン便り38」)

芸術の家 ランナー・シュトラウス記念像
ベートーヴェン聖堂 レストラン「ルドルフスホーフ」
詰め物をしたイノシシ肉
■コース料理と音楽

 ウィーンの南西、ミュルツツーシュラークの少し手前に位置するパイヤーバッハ。このかわいらしい町で開かれるマスタークラスに、今年の夏、チェロと室内楽の講師として参加しました。
 7月26日のオープニングコンサートに出演した後、チェロのレッスンが始まるまで、一旦ウィーンに戻ります。この町は昨年も2回コンサートで訪れたのですが、山々に囲まれ、すぐ立ち去ってしまうのが惜しい美しさだったので、マスタークラスでの滞在がとても楽しみです!
 8月4日のお昼頃、今度はスーツケースを携えて、再びパイヤーバッハ‐ライヒェナウ駅に降り立ちます。ホテルの部屋に荷物を置き、昼食を取るのもそこそこに、レッスン会場となる近くの音楽学校に向かいます。
 ハイドンの協奏曲やリヒャルト・シュトラウスのソナタといったチェロのレパートリーを教えるほか、講師と受講生が協力して室内楽(弦楽四重奏、弦楽六重奏、フルート四重奏、クラリネット五重奏などなど)を演奏し、空いた時間にそれらの作品のチェロ・パートもレッスンする……という盛りだくさんの内容で、毎日あっという間に時間が過ぎてしまいます。
 前もって個人練習せずに、弾いたことのある曲以外は全て「初見」(その楽譜を初めて見てただちに演奏すること)で合わせが始まるのですが、講師が“共演者”として生徒たちをじかに導くと、短期間に驚くほどの成果が上がります。
 自分を信頼しきっている若い後輩に、長年培ってきた音楽と技術――ひいては演奏家としての生き方そのもの――を伝授し、互いに手を携えて高みを目指すのは、胸が熱くなるような素敵な体験でした。
 そんな中、唯一の息抜きとなったのは、6日の昼休みに出かけたシュヴァルツァ川の水遊び。木陰でサンドイッチや果物をつまみ、水着姿で川に入ってみると……「うわあ、冷たい!!」40度近い猛暑続きなのに、川の水は我関せず、凍るような冷たさです。
 足先から少しずつ体を慣らして、膝から腰、最後は「えいやっ」と気合を入れて肩まで。流れに沿ってゆったり泳いだり、逆行してもがいてみたり。自然の懐に抱かれて、久しぶりに思う存分リフレッシュすることができました。
 同じ日の晩、宿泊しているホテル内で、「コース料理と音楽」と題したディナーコンサートがありました。演奏→キッチンからのご挨拶→演奏→前菜……という風に、音楽と料理が交互に供され、お客様がどちらにもきちんと集中できる仕組みになっています。
 私が演奏したのは、ドヴォルジャークの弦楽四重奏曲「アメリカ」の最終楽章や、ヤコブ・ゲーゼの《ジェラシー》など。お酒を飲むのは控えましたが、軽い曲ばかりなのでリラックスして、デザートまで残さず平らげました♪
 8日はマスタークラスの修了コンサートで、生徒たちが立派に演奏すると、巣立つ我が子を見るようなじーんとした気持ちになりました。締めくくりには、講師と生徒が心を合わせてブラームスの《弦楽六重奏曲第1番》を共演。固い握手を交わして、修了証書を授与しました。
 翌9日のディナーコンサート、「モストと音楽」も忘れることができません。山の上のモストホイリゲ “Althammerhof” で、クライスラーの《美しきロスマリン》他を弾いたのですが、ここのハム、チーズ類はまさに絶品、ついぞ口にしたことのない深い味わいなのです。
 デザートに出された、シナモンと森のはちみつをかけた羊のチーズも、癖がなくて美味しかったナ。目まぐるしかったけれど、心地よい思い出ばかりのパイヤーバッハ、また是非訪れたいと願っています。
(『百味』2013年11月号に掲載された「ウィーン便り37」)

パイヤーバッハの教区教会 レッスン会場となった音楽学校
シュヴァルツァ川 キッチンからのご挨拶
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シナモンと森のはちみつをかけた羊のチーズ
■Cuvée Beethoven で乾杯!

 素晴らしい晴天に恵まれた7月14日、グナイクセンドルフの「ベートーヴェンハウス・ゲッティンガー」でコンサートが開催されました。朝の9時半に、ウィーンのフランツ・ヨーゼフ駅で、コンサートの主催者や共演者、お手伝い下さる方々と集合します。
 そこから1時間ほど列車に揺られ、クレムス・アン・デア・ドナウ駅に降り立ちます。タクシーに分乗し、10分ほどで、グナイクセンドルフのベートーヴェンハウスに無事到着。まず迎えてくれたのは、コケコッコーと鳴くニワトリたちや、よちよち歩くひな鳥たち……なんとものどかな環境です。
 1826年の秋、ベートーヴェンはこの地に弟ヨハンが所有していた邸宅を訪れましたが、ヨハン夫人とのいさかいが絶えなかったため(ベートーヴェンはなんと家賃まで取られていたのだとか!)、すぐ向かいにある家に引っ越すことになります。1861年以降、ワイナリーであるゲッティンガー家の所有となっているこちらの家が、本日の演奏会場なのです。
 コンサートの参加者は、普段公開されていないベートーヴェンの住まいを特別に見学させていただけるとのこと――私たち演奏者はお客様より一足先に、家の内部を見て回ります。彼が借りたのは2階の3部屋で、壁際のストーブなども含め、ほとんど当時のまま大切に保存されています。
 観光客向けに整えられた記念館とは異なり、まさに「そのまま」を伝えてくれるそれらの部屋に佇んでいると、ベートーヴェンの息遣いすら聞こえてきそうな気がします。“音楽の都”ウィーンでもなかなかできない、演奏家冥利に尽きる貴重な体験をすることができました。
 2か月余りの滞在中、最晩年の巨匠は「第九」のメトロノーム記号をショット出版社に送ったほか、弦楽四重奏曲 Op.130 の終楽章と Op.135 を完成しています。私がチェロを受け持つ「東京―ウィーン弦楽四重奏団」が、記念の場所でこれら2曲のカルテットを演奏できるとは、なんと光栄なことなのでしょう!
 ベートーヴェンの部屋は狭すぎるということで、敷地内の小屋に簡単な舞台と客席をしつらえたのですが、客席の後方には壁が無く、フロアは砂地……まるで野外コンサートのような趣です。
 そのため、14時に始まったこの日の演奏は、思いがけず「コケコッコー」の伴奏つきとなってしまいました。コンサート前にニワトリを閉じ込めるのを忘れたそうですが、豊かな自然に囲まれてそれも一興、苦情を言うお客様は一人もいらっしゃらなかったようです。
 Op.130 の終楽章は、大フーガ(現在では Op.133 として独立)が当時の人々に受け入れられなかったために作り直されたもので、作品をすっきりとまとめ上げつつ、渋々作った(?)とは信じられないほどの魅力に溢れています。
 けれども、全曲通して演奏してみると、恐ろしいほどの大作である Op.130 を「大フーガ」で終えたベートーヴェンの気持ちもわかるような気がしてきます――それぞれ異なる色合いの、珠玉の5楽章の後に、あの壮大なフーガを置くことで、彼は持てる全てを投入し、文字通り『空前絶後』の音楽を残したかったのではないでしょうか?
 休憩時間と終演後には、小屋の隣室でゲッティンガー家の誇るワイン “Cuvée Beethoven” やおつまみがふるまわれました。オーストリア国内で「ベートーヴェン」の名を冠するワイナリーは、実に「ベートーヴェンハウス・ゲッティンガー」のみなのだそうです。
 このコンサートは、岩谷大使ご夫妻を始め錚々たるお客様がお聴きくださり、地方紙 “Niederösterreichische Nachrichten” でも紹介していただくことができました。ベートーヴェン最後のカルテット、Op.135 で思いのたけを伝え、ようやく私たちもワイン解禁。「プロースト(乾杯)!」
(『百味』2013年9月号に掲載された「ウィーン便り36」)

ベートーヴェンハウスの入口 ベートーヴェンが住んだ部屋(中央)
右側の部屋 左側の部屋
Cuvée Beethoven のボトル 新聞記事に使われた集合写真
■ベートーヴェンハウスのケーゼクライナー

 待ちに待った春!東京文化会館での Reine pur 第5回「アメリカへ」に先駆けて、大阪大学会館、そしてウィーンのカイザーザールでも同じプログラムを演奏することになり、ペーター・バルツァバ教授との準備に熱が入ります。
 並行して、一昨年から集中的に取り組んできた、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の合わせも進めています。Op.130、132、133(大フーガ)……どれも奥深い大作ばかりで、4人で音を出すたびに、かけがえのない喜びと新鮮なインスピレーションを与えてくれるのです。
 ある晴れた日曜日、ベートーヴェンの音楽に誘われるようにして、ゆかりの地「ハイリゲンシュタット」を訪れました。ウィーンの森に抱かれた名勝は、余暇の散歩コースにおあつらえ向きです!
 地下鉄のハイリゲンシュタット駅からバスに乗り、まず向かったのはプローブス小路の「遺書の家」――聴覚が戻らなくなってしまったことに絶望したベートーヴェンが、弟たちへの遺書を書いたとされる家で、記念館として一般に公開されています。
 館内では、この遺書のファクシミリのほか、ベートーヴェンの髪のひと房やデスマスクといった、生々しい記念品も見ることができます。低い天井や間取りをそのままに、当時の暮らしぶりをまざまざと想像させてくれる貴重な空間です。
 遺書の家から北を目指して、次は「ベートーヴェンの散歩道」へ。彼が交響曲「田園」の構想を練ったという小道を辿って、小川のせせらぎや鳥たちの賑々しい歌声に耳を澄まします。
 (「そばにたたずむ人には遠くの笛の音が聞こえるのに、私には何も聞こえない」という遺書の一文を思い出し、当時のベートーヴェンにはこのように聞こえていなかったかもしれないと考えると、たまらない気持ちになります……数々の悲しみを乗り越えたからこそ、彼の音楽はあんなにも温かく、万人の胸を打つのでしょうね)
 ここらでお腹がすいてきたら、散歩道からエロイカ小路へ折れて、プファール広場のホイリゲ「マイヤー」で昼食を。実は、この建物もまた、かつてベートーヴェンが住んだ由緒あるベートーヴェンハウスなのです!
 1817年、ベートーヴェンが「第九」の作曲にいそしんだその家で、気軽にランチを楽しめるとは、なんという贅沢なのでしょう。ワインや料理も素晴らしく、とりわけ、マスカットワインの衣をつけて揚げた「ケーゼクライナー」(チーズ入りのソーセージ)は、ホイリゲならではの乙な一品です。
 ちなみに、ウィーンのソーセージスタンドでは、このケーゼクライナーは(切り口にとろりと流れ出るチーズが似ていることから)“Eitrige”(膿んでるやつ)というオゾマシイ俗称で呼ばれています。マイヤーはこの膿(!)を華奢な衣で覆い隠し、センス良く仕上げていました。
 ベートーヴェンの作品を弾く時には、いつも自然と、こうしたハイリゲンシュタットの空気が心に浮かびます――「聖なる町」を意味する名前の通り、あそこに楽聖の霊魂が宿っているように感じられるほどです。
 7月14日には、ウィーンから少し離れたベートーヴェンハウス、グナイクセンドルフの「ゲッティンガー」にて、この家で作曲された2曲の弦楽四重奏曲を演奏いたします。普段公開されていないベートーヴェンの1826年の住まいを、特別に見学させていただけるとのこと。
 マイヤーと同じく、ゲッティンガーもワイナリーを営んでいるため、コンサート後にワイン・サービスもあるのだとか。夏休みにオーストリアにおいでの方は、どうか是非お立ち寄りくださいね。
(『百味』2013年7月号に掲載された「ウィーン便り35」)

「遺書の家」の中庭 記念館の内部
ベートーヴェンのデスマスク ベートーヴェンの散歩道
ホイリゲ「マイヤー」 ケーゼクライナーの衣揚げ
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