平野玲音 メッセージ

■果物を背に《四季》を弾く

 雪・雪・雪。ウィーンに来てから、今年ほど寒さが身にしみた冬は無かったように思います……テレビで聞いたところによると、なんと過去130年間にもほとんど例を見ない“暗い冬”だったのだとか!
 2月6日、カペラ・アカデミカ・ウィーンの “MUSIK im MUSEUM” 第4回の舞台となったのは、1815年設立のウィーン工科大学。ペーター・ノービレの手になる華麗なフェストザールで、クロイツァーの《七重奏曲》ほかを演奏しました。
 かつて工科大学で学んだという、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ《デュナミーデン》も、強く心に残っています。リヒャルト・シュトラウスのオペラ《ばらの騎士》に使われた甘美なメロディーに、「これぞウィーン!」と酔いしれました。
 2月24日には、隣町のペルヒトルツドルフで、ハイドンのオラトリオ《四季》を弾きました。この町の中心部を訪れたのは初めてで、雪に覆われたかわいらしい家並みに見とれてしまいます(遅刻しないように早く来たから、ちょっぴり道草しても大丈夫)。
 1000年以上の歴史を誇るペルヒトルツドルフ城も、風情あふれる佇まい。増築工事を経て2010年に再オープンしたようで、城内への入り口や、本日の演奏会場 “Neuer Burgsaal” はモダンな造りになっています。
 コンサートマスターは、ウィーン・フィルのヴァイオリニスト、マルティン・ツァロデクが務めます。歌手陣も皆素晴らしく、いつもオペラ座で聴き惚れていたアレクサンドラ・ラインプレヒト(ソプラノ)と共演できたのは、とくに嬉しい体験でした。
 舞台後方に目をやってみると、予期せぬもう4人の“ソリスト”たちが――!?スクリーンにアルチンボルドの連作『四季』が映し出され、春を描写した第1部の演奏中には春の絵(第2部には夏の絵)がクローズアップされるという、粋な仕掛けになっていたのです。
 ハプスブルク家の宮廷画家、アルチンボルドの風変わりな作品は、美術館では何度も鑑賞していましたが、拡大してじっくり眺めてみると、また違った感慨が生まれます。「葉の緑はより美しく、果実はより甘く感じられるわ……あなたが愛を語るなら」(曲中でハンネが恋人ルーカスに歌う台詞)花や野菜、果物などで形作られた4つの顔は、生を賛美したハイドンの大作の、核心をついているようにも見えました。
 『四季』に描かれた、ブドウ、レモン、サクランボ……ほかに、ウィーンらしい「果物」と言って真っ先に思い浮かぶのは、ツヴェチュケ(西洋スモモ)でしょうか?そのまま食べても美味しいですが、甘酸っぱさがちょうどよいのか、カイザーシュマレン(一口大にしたパンケーキ)に添えるコンポートの定番になっています!
 3月21日には、コンツェルトハウスのシューベルト・ザールで、“Japan sagt DANKE” のガラコンサートに出演。東日本大震災復興支援への感謝をこめて、ウィーンの楽譜屋に埋もれていた、ヴァルター・コッホの《無伴奏チェロのための古い様式の小組曲》に命を吹き込みました。
 次いで、陸前高田出身の菅野祥子さんが作詞・作曲した《春なのに》をご本人と共演し、その模様は、曲が生まれた経緯とともに、NHKのニュースで放送していただくことができました。
 もう3月末だというのに、ウィーンは依然として、“桜咲く季節”には程遠い寒さです。「春」と題されながら、厳しい冬で始まるハイドンの《四季》の導入部分は、雪解けを切に待ちわびる、今のような心境で弾くべきなのかもしれません!
(『百味』2013年5月号に掲載された「ウィーン便り34」)

ペルヒトルツドルフの雪景色 風情あるペルヒトルツドルフ城
舞台後方に映し出された『四季』の絵 ナッシュマルクトの八百屋さん
カイザーシュマレンに添えられたツヴェチュケのコンポート シューベルト・ザールでの《春なのに》
                            ©moriguchi
■「アメリカへ」とロースバー

 ウィーンから半年ごとに帰国し、回を重ねてきたシリーズ公演 “Reine pur” ――その記念すべき第5回「アメリカへ」を、5月21日(火)19:00より東京文化会館小ホールにて開催いたします。
 今回お聴きいただくのは、ウィーンにゆかりがあり、なおかつアメリカに渡った天才たちの作品です。テーマにぴったりの(ウィーンとニューヨークで学んだ)名ピアニスト、スレブラ・ゲレヴァと力を合わせ、“音楽の都の今”をお届けしたいと願っています。
 シェーンベルクの師にあたるツェムリンスキーは、ウィーンに生まれ、フォルクスオーパーの初代首席指揮者としても活躍しました。ナチスの手を逃れ、1938年にプラハ経由でアメリカに渡っています。
 長いこと忘れ去られていた彼の《チェロ・ソナタ》が「再発見」されたのは、つい最近――今世紀に入ってからのこと!ブラームスやドヴォルジャークの影響を感じさせつつも、聴き手を蠱惑する独自の魅力にあふれています。
 当代最高のヴァイオリニストに数えられたクライスラーは、ツェムリンスキーと同じ頃、パリを経てニューヨークに移住し、アメリカ国籍を取得しています。
 〈ウィーン古典舞曲集〉として括られる《美しきロスマリン》《愛の悲しみ》《愛の喜び》の3曲は、「古き良きウィーン」を音で描き出しているかのよう……巨匠エドゥアルト・メルクス氏の薫陶を受け、楽器を超えたその本質に迫ります。
 ヒンデミットはドイツ人でありながら、ナチスの意に沿う作品を書かなかったために弾圧され、1938年にスイスへ、1940年にアメリカへと亡命。戦後はヨーロッパに戻り、ウィーン・フィルを指揮するなど、ウィーンとも深いかかわりをもちました。
 《幻想小品》は、最初に出版された作品〈チェロとピアノのための3つの小品〉の第2曲にあたります。ヒンデミット=新即物主義のイメージを覆すような、大変ロマンティックな曲調です。
 ニューヨーク・ナショナル音楽院の創立者ジャネット・サーバーは、ウィーン出身の友人の推薦を受け、チェコの作曲家ドヴォルジャークを音楽院院長に迎えます。1892年、彼はブレーメンから船に乗り、9月27日にニューヨークに到着しています。
 《ソナチネ》は、交響曲「新世界より」や弦楽四重奏曲「アメリカ」と同じ1893年の作で、インディアンの音楽の語法にヒントを得たと言われています。クライスラーによる第2楽章の編曲版(インディアン・ラメント)を始め、様々な形で親しまれている名曲です(オリジナル編成はヴァイオリンとピアノですが、当日はチェロ版を演奏いたします)。
 オーストリアを代表する建築家の一人、アドルフ・ロース(1870-1933)は、ドヴォルジャークとほぼ同じ頃に滞米し、シカゴの高層ビルや実用的なデザインを見て衝撃を受けます。
 帰国後、オットー・ワーグナーに共感し、機能主義、無装飾主義の立場をとった彼は、ウィーンの街中にいくつかのユニークな作品を遺しています。建設に市民の抗議が相次いだという「ロースハウス」も、今では景観に溶け込んでいる感がありますが……向かい合って立つ王宮と見比べると、違いが際立ちますね。
 ロースが内装を手がけた「カフェ・ムゼウム」では、2003年にオリジナルの再現が試みられたのですが、座り心地の悪さが不評を買い、また以前の(ヨーゼフ・ツォッティによる)内装に戻されてしまいました(そうなるとは知らず、当時の写真を撮っておかなかったのが残念です)。
 対照的なのは、アメリカン・バー、ケルントナー・バーとも呼ばれる「ロースバー」。現在も営業しているこの店は、なんと重要文化財に指定されているとのこと――ウィーンではバーまでが、“芸術作品”になってしまうのでした!
 コンサート当日には、Reine pur 第1回のプログラムによるCD「モーツァルトの影法師」もリリースする予定です。音で紡ぐ「ウィーン便り」、ご都合がよろしければ、どうか是非体感しにいらしてください。
(『百味』2013年3月号に掲載された「ウィーン便り33」)

「アメリカへ」のチラシ 王宮のミヒャエル門
ロースハウス カフェ・ムゼウムの現在の内装
コアントロー入りのホットチョコレート「カフェ・ムゼウム」 ウィーンのアメリカ?「ロースバー」
■音楽の都の静かなカフェ
コンツェルトハウスのモーツァルト・ザールにて

ヨハネス・ネポムク教会の優美な内装

東京―ウィーン弦楽四重奏団

カフェ「デーメル」でほっと一息

グラーベン通りのストリート・ミュージシャン
 街のそこここに秋の気配が感じられる頃、ウィーンでは新たなコンサート・シーズンが始まります。9月26日、最初の舞台となったのは、日本大使館主催のチャリティーコンサート ''Japan sagt DANKE für die Wiederaufbauhilfe'' です。
 「東日本大震災復興支援に対する “DANKE”(ありがとう)を、文化でお伝えしよう」というコンセプトに、一演奏家として共感し、19区の老人ホーム「ホーエ・ヴァルテ」を訪れました。
 感動して涙を流された方、「地震に負けずにがんばって!」と励まして下さった方……日本への温かな思いやりは、震災直後と何の変わりもありません。義援金や物資にとどまらない、オーストリア人の“真心”に、再び感謝の念がふくらみました。
 10月6日には、コンツェルトハウスのモーツァルト・ザールで、ヴェルナー・ペリンカの《カンタータ・ブレヴィス》を演奏。世界に名高いホールの豪華な響きは、今も耳に残っています。
 6人の共演者たちも、作曲者のペリンカ教授(ピアノ)やウィーン・フィルのヴォルフガング・リントナー(ホルン)といった名手揃い。ホールから、共演者から、得難い刺激を受けることができました。
 10月19日には、ヨハネス・ネポムク教会で、カペラ・アカデミカ・ウィーンによるチクルス “MUSIK im MUSEUM” の幕が開きました。パイヤーバッハ、バーデンに続き、ウィーンの聴衆に「東京―ウィーン弦楽四重奏団」をお披露目する機会ともなりました。 
 ウィーンの建物は、(音楽ホールに限らず)全般的によく響き、教会ではむしろ「響き過ぎ」が問題にされるほど!この日も事前の会場リハーサルで――カルテットの音の機微がお客様の耳に届くよう――演奏位置、テンポ、アーティキュレーションなどに工夫を凝らします。
 ヴァイオリンの巨匠、エドゥアルト・メルクス氏に導かれ、4人で築き上げたベートーヴェンの世界。こころざし半ばで悲惨な事故に見舞われた彼が、「私の音楽を実現してくれるカルテット」と認めてくださったのは、何よりも嬉しいことでした。
 帰国前々日の10月27日には、バーデン・バイ・ヴィーンのグランドホテル・ザウアーホーフで、非公開のコンサートがありました。日本びいきの花嫁さんの依頼で、結婚式の参列者を前に弾いたのですが、親戚でも知人でもない人の式に出たのはこれが初めて。
 BGMや余興ではなく、演奏をお聴きいただくのは、音響の良いホテル内の別室で。「コンサートが大切な方々へのプレゼント」という新郎新婦の姿勢に、音楽への愛と敬意を感じました。
 音楽に明け、音楽に暮れていく日々の合間に、お気に入りのカフェでほっと一息……そんな時に心身を優しく包んでくれるのは、(日本人にとっては意外なほどの)“静けさ”です。
 生演奏をウリにしている店は別として、伝統的なウィーンのカフェには、BGMを流すという習慣がありません。公共の場所ではしっかりと両耳を休める。そのけじめもまた、「音楽の都」の重要な特色に思えるのです。
 電車やバスなどの交通機関も、最低限必要な情報を手短にアナウンスするだけで、乗客たちに心地良い静寂を提供します。ケルントナー通りやグラーベンで出会うストリート・ミュージシャンですら、周りに迷惑がかかるほどの大音量は出さないので、街全体がゆったりと落ち着いた印象です。
 ウィーンっ子たちはきっと、音楽を片手間に聞き流せないのと同様に、気もそぞろにコーヒーを飲み干すのも嫌なのでしょう!能動的に生き続けるその真剣さ(?)が、文化の質を高めていることは、まず間違いありません。
(『百味』2013年1月号に掲載された「ウィーン便り32」)
■夏の音楽祭のティータイム

 「音楽の都」のオフシーズンにあたる夏休み――7月から9月初めにかけては、観光ムードのウィーンを離れ、ヨーロッパ各地のコンサートや音楽祭に出演しました。
 初めて参加した「オストフリースラント夏の音楽祭」の拠点は、オランダ国境に近い北ドイツの町、アウリッヒ。出発前夜にウィーン南方のパイヤーバッハでコンサートがあったため、チェロを担いで電車を乗り継ぎ、約14時間半(!)の長旅になりました。
 ウィーン・マイドリンク、ウィーン西駅、ヴュルツブルク、ハノーファー、オルデンブルク、レーアと、6回も乗り換える“大冒険”でしたが、道々たくさんの方々が助けてくださったお陰で、なんとか目的地に辿り着きました。
 コンサートの日には、アウリッヒから再び車に揺られて、周辺に散らばった会場へと向かいます。ウプレンゲンやズュートブロークマーラントといった、見知らぬ土地を次々と訪れられるのも、この音楽祭の醍醐味かもしれません。
 演奏した中で、最も印象深かった作品は、ゴリホフの《盲目イサクの夢と祈り》――クラリネット五重奏曲の形を取ったクレズマー(東ヨーロッパから発祥したユダヤ音楽)で、''Ensemble Klezmer-Reloaded''のクラリネッティスト、マチェイと作り上げた舞台には、一種独特の“魔力”のようなものがありました。
 オーストリア期待のピアニスト、イングリット・マルゾナー、ドイツ生まれのファゴッティスト小山莉絵さんら、素敵な共演者たちとの出会いや、「ここでは日頃良い音楽を聴けないから……」とおっしゃるお客様の熱狂ぶりも、チェロの音に新たな活力を与えてくれました。
 ウィーンに戻り、ひと息つくと、今度はバーデン・バイ・ヴィーンの音楽祭「ベートーヴェン・ターゲ」が始まります!泊まらずに済む距離なので、リハーサルやコンサートのため、バーデンまで通う日が続きます。
 8月26日は、ベートーヴェン像に花輪を捧げる厳かな儀式と、ロレット博物館のオープニング・コンサートで、《弦楽三重奏のためのセレナーデ》を弾きました。ベートーヴェンゆかりの地であることを肌で感じ、それにふさわしい演奏をしなくては……と気が引き締まります。
 翌27日は、一年前に結成し、大切に育ててきた「東京―ウィーン弦楽四重奏団」の一員として、Op.18-4, Op.14-1, Op.135の3曲を披露しました。何の苦もなく呼吸が合い、かつ熱い人間性に溢れるカルテットで、今後の発展が楽しみです。
 ベートーヴェン・ターゲの最終日、9月2日には、ウィーン国立音大のペーター・バルツァバ教授と《チェロ・ソナタ第3番》他を共演。作曲家でもあるバルツァバ教授のピアノには、随所に斬新なひらめきが感じられ、知り尽くしたソナタとは思えないほどの“スリル”を味わいました。
 アウリッヒののどかな挨拶「モイン!」や、北欧の方角を眺めると(白夜までは行かないものの)夜空がうっすらと明るかったこと……嵐のような夏を振り返ってみると、濃密な音楽の合間に、そんな何気ない情景も蘇ります。
 オストフリースラント地方の名産品は、「紅茶」と、それに溶かして楽しむ「氷砂糖」。カップを手に仲間と集う、憩いの時があったからこそ、あのハードスケジュールを乗り切れたのだという気がします。
 ウィーンの、シュテファン大聖堂の裏手に、「ハース&ハース」という瀟洒なティーハウスがあるのをご存知ですか?フレーバーティーやフルーツティーなど、豊富な品揃えで(私は家でもここの紅茶を飲んでいます♪)、午後の3時からはアフタヌーン・ティーも注文できるんですよ。
 今まで気付かなかったのですが、メニューをよく見直してみると、オストフリースラントのティーセレモニーを再現した''OSTFRIESISCHER AFTERNOON TEA''なるセットもあるではありませんか。今度試してみようっと!
(『百味』2012年11月号に掲載された「ウィーン便り31」)

北の最果ての地、アウリッヒの街角 ズュートブロークマーラントのミュンケボェ教会
華麗なステンドグラスを背に、コンサート バルツァバ教授との《チェロ・ソナタ第3番》
オストフリースラントの名産品、氷砂糖 ハース&ハースのアフタヌーン・ティー
■チェコの緑、チロルのキノコ

 『百味』5月号の「ウィーン便り」でお話しした、Reine pur 第3回「チェコの緑」――多くの方々の温かいご助力を得て、映像つきのコンサートという初めての試みを無事に終えることができ、ほっと胸をなで下ろしています。一体、どんな催しだったのか?今回は少し、当日の様子をご報告したいと思います。
 「映像つき」と言っても、演奏中はそちらに気を取られず、“音楽”をじっくりと味わっていただきたい……そんな Reine pur のコンセプトを貫くため、スクリーンに映すのは1楽章1画面のみ。現地で集めた写真をもとに、(チラシやプログラムのデザイナーでもある)吉岡透さんが、素敵な画像を作成してくださいました。
 ドヴォルジャークの《森の静けさ》では、森の多様な表情を捉えた5枚の写真を合成。画面を動かすことなく、チェロとピアノの音色から、やわらかな木漏れ日や、風を受けた木々のざわめきなどを聴き取っていただきました。
 プラハ生まれのモシェレスには、麗しい街並みを賛美する画像を!おそらく本邦初演となった長大な《チェロ・ソナタ》も、曲調に合った写真が仲立ちすることで、親しみ深くお聴きいただけたようでした。
 休憩後の《おとぎ話》では、写真だけでなく、ヤナーチェクにインスピレーションを与えたジュコーフスキーの叙事詩『皇帝ベレンディの物語』のあらすじもスクリーンに映しました。
 たとえば第2楽章は、ヒロインの王女マリアがカモや青い花に姿を変える様子を、音で描き出しているかのよう……?画像をヒントに、お客様お一人お一人が自由に空想を膨らませてくださったら、こんなに嬉しいことはありません。
 各楽章にタイトルが付されたポッパーの《森の中で》では、実在しない〈小人の踊り〉に(小人と言えば?)キノコの写真を用いるなど、ちょっとした工夫が必要でした。
 私自身が踏み込めなかった「奥深い森」の写真を惜しみなく提供してくれたのは、インスブルック交響楽団のコンサートマスターを務める友人、大石智生さん――「かわいい!」「あれは食べられるんですか?」と大好評を博したキノコたちは、実はチェコならぬ“チロル州”の出身だったのでした(ハハ)。
 《おとぎ話》の騎士の行進など、チェコ旅行の貴重なショットを頂戴した今田洋さん・穂奈美さんご夫妻、演奏に合わせて画像を操作してくださった野崎隆さん。皆さんと一緒に作り上げた今回の Reine pur には、今まで以上の充実感がありました。
 2回公演の初日、6月8日の客席には、チェコ大使カテジナ・フィアルコヴァー様のお姿もありました。光栄にもきれいな花束をプレゼントしてくださり、「ホームシックになってしまったわ」のご感想は、西洋文化の深みを目指す私にとって、大きな励みになりました。
 再び戻ってきたウィーンは、「アイアーシュヴァンメール」を始めとするキノコの季節です!お客様からの質問を大石さんに伝えてみると、「茶色の、動物のかじった跡があるのはシュタインピルツ。アイアーシュヴァンメールより美味しいよ」とのこと。
 へえー、と今日は、イタリアンで「新鮮なシュタインピルツ(ヤマドリタケ)と小エビのパッパルデッレ」を食べてみたけれど、森で採れたての美味しさは、きっとこんなものじゃないんだろうな。
 ファンタジーを通り越して、食欲をそそるコンサートというのは、珍しいかもしれません!?今後もチェロケース一杯にこちらの空気を詰め込んで、生きた音楽=心躍る“夢”をお届けできれば幸いです。
(『百味』2012年9月号に掲載された「ウィーン便り30」)

《おとぎ話》の第2楽章 〈小人の踊り〉
終演後にチェコ大使様と (撮影 舟竹幹雄) 旬の味覚、アイアーシュヴァンメールのソース
シュタインピルツと小エビのパッパルデッレ
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