平野玲音 メッセージ

■アルベルティーナの打ち上げパーティー

 ヴァイオリンの巨匠、エドゥアルト・メルクス氏のもと、長い歴史を誇るアンサンブル「カペラ・アカデミカ・ウィーン」。その一員として、今年はチクルス「音楽と美術」に出演しています。コンサートと美術鑑賞がセットになった、ウィーンならではの豪華な企画で、次はどんな美しい空間で弾けるのかしら?と、演奏する側も楽しみです。
 2月25日の舞台は、ウィーンで2番目に古い、ペーター教会。バロック芸術の極致とも言われる祭壇を背に、ハイドンの《十字架上のキリストの最後の7つの言葉》などの荘厳な作品を奏でました。
 4月21日には、ロプコヴィッツ宮殿内の、目もあやな天井画に覆われたフェストザールで、モーツァルトの《弦楽五重奏曲 変ホ長調》他を弾きました。(この会場は、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」が初演されたことから、“エロイカ・ザール”と呼ばれています。)
 「アルベルティーナ美術館」のフェストザールで開かれた、3月21日のコンサートは、直前に始まったクリムト展との“共演”という、ひときわ興味深いものでした。メルクス氏が補完したバッハの大作《フーガの技法》をメインに、マーラーの《アダジェット》がクリムトへの橋渡しをしていました。
 休憩に入ると、曲の余韻が冷めやらぬ中、お客様方は別室の展示会へ――私たち演奏者は残念無念!後半のプログラムに備えるため、鑑賞することができませんでしたが、「後日ゆっくり見よう」と心に決め、最後まで集中して弾き切りました。
 終演後の打ち上げパーティーは、アルベルティーナの建物の一角にある「アウグスティナーケラー」のヴィノテークにて。無数のワインが立ち並ぶ、お洒落な店の雰囲気が、リハーサル以来の疲れをほぐしてくれました。
 さて、何を食べようか?お腹がすいたけど、あまり重すぎないものがいいかなあ。メニューを吟味した末、私が「クライネス・グーラシュ(小さなハンガリー風シチュー)、6,70ユーロ」を選ぶと、ヴァイオリンのロベルトは「グローセス(大きな)・グーラシュ、10,90ユーロ」を注文……何となしに(一体どこが違うんだろう?)、仲間たちの視線が二つのお皿に走ります。
 私の前に置かれたのは丸い小皿、ロベルトの前には楕円形の大皿。でも、値段が違うわりに、お肉の塊はひぃ、ふぅ、みぃ、ほとんど変わらない……思うが早いか、ロベルトがおどけて「大きいのは皿だけダ!」と叫んだので、皆で大笑いしてしまいました。
 先日、ようやく念願かなって、コンサートの日に見損ねたクリムト展を訪れることができました。「クリムト――デッサン」と銘打った特別展で、アルベルティーナが所蔵する、170点に上るデッサンがあらかた公開された、非常に見応えのあるものでした。
 金箔を多用したきらびやかなイメージとは裏腹に、コンテや鉛筆で簡潔に描いた、モノトーンの世界。色彩に頼らない分、一本の線に込められた力や、画面を支配する絶妙のバランス感覚などが引き立って感じられ、彼の芸術の根幹を垣間見た思いでした。
 「クリムト・イヤー」に沸くウィーンでは、こうした特別展だけでなく、既知の作品を“別の視点”から眺める工夫もなされています――美術史美術館の階段ホールやセセッションの『ベートーヴェン・フリーズ』下に仮設階段が出現し、見事な壁画を至近距離で味わえるようになっているのです!
 音楽を聴いても絵を見ても、常に新たな発見と感動に溢れるウィーン。それらを感じ、いとおしむ心がある限り、どれだけ長く住んだとしても、決して飽きることはなさそうです。
(『百味』2012年7月号に掲載された「ウィーン便り29」)

ペーター教会のコンサート後にメルクス氏と握手 エロイカ・ザールの天井画
アルベルティーナ美術館 全然小さくない「クライネス・グーラシュ」
特別展「クリムト――デッサン」の看板
■「チェコの緑」とブフテルン

 6月8日(金)と9日(土)、sonorium共催シリーズ2012『映像と音楽』の一環として、Reine pur 第3回「チェコの緑」を開催いたします。
 ホールの壁一杯に映し出される緑の森をバックに、自然の息吹や命の鼓動に満ちた、ドヴォルジャークの《森の静けさ》を演奏する――共催のお話を伺って、まず心に浮かんだのはそんなイメージでした。
 今回取り上げるのは、チェコに生まれ、「音楽の都」ウィーンとも深い関わりを持つ4人の作曲家たち。緑色を基調とした現地の写真にいざなわれ、チェコへの音楽の旅に出かけてみませんか?
 ウィーンに引っ越すようにというブラームスの誘いこそ辞退したものの、ドヴォルジャークは彼に会うためやコンサートのため、しばしばこの町を訪れました。4区のヴィードナー・ハウプト通りには、彼が常宿としていた「黄金の子羊亭」の建物が残されています。
 《森の静けさ》は、ピアノ連弾組曲《シュマヴァの森より》の第5曲を、ドヴォルジャーク自身がチェロとピアノのために編曲したものです。チェコ西南部の山脈、深いシュマヴァの森の情景が、音のパレットを用いて生き生きと描き出されます。
 ウィーンでサリエリとアルブレヒツベルガーに師事したモシェレスは、フンメルやチェルニーらと親交を結び、敬愛するベートーヴェンからは、《フィデリオ》のピアノ・スコアを書くよう依頼されたのだとか。
 知られざる1850年の《チェロ・ソナタ》は、第3楽章の副題「ボヘミア風に」が示す通り、モシェレスが生まれ育ったチェコの香り満載の、大変魅力的な作品です。
 モラヴィア(現在のチェコ東部)出身のヤナーチェクもまた、数か月という短期間ながら、ウィーンの音楽院で作曲を学んでいます。
 ジュコーフスキーの叙事詩『皇帝ベレンディの物語』からインスピレーションを得た《おとぎ話》は、皇帝の息子イワンと冥界のカスチェイ王の娘マリアとの、“音で聴く”恋物語です。
 25歳という異例の若さで、ウィーン宮廷歌劇場管弦楽団の首席チェリストに就任したポッパーは、「チェロのサラサーテ」とも称えられ、珠玉のチェロ曲を数多く遺しました。
 「彼のきらきら光る瞳、柔らかい眼差しは、そのやさしい善良な人柄を物語っている」(ブダペストのザンボキ教授の手紙)――〈森の中へ〉から〈家路へ〉までの6曲からなる《森の中で》は、ポッパーの自然への愛とともに、そんな大家の人となりを今に伝えてくれます。
 昨年の夏の終わり、このプログラムにふさわしい写真を撮ろうと、チェコまで足を延ばしました。とは言っても、道案内なしに森の奥に踏み込む勇気がなく、成果はせいぜい「木立?」という感もありますが……(公演前に機会があれば、再挑戦してきます!)。
 プラハのドヴォルジャーク博物館や、ヤナーチェクゆかりのブルノなど、初めて訪れた場所も多く、街歩きを楽しみながら、作品のイメージを大きく膨らませることができました。
 「これはブフテルン(パン生地にジャムなどを練り込んで焼き上げたもの)、チェコから入ってきたお菓子なのよ」留学間もない頃、ウィーンのとあるホイリゲで、オーストリア人の友人がこう言って、興味津々の私に食べさせてくれましたっけ。
 チェコ料理の「ブフタ」に由来しつつも、似て非なるオーストリア料理として、独自の個性を確立したブフテルン。2年目に入った “Reine pur” 第3回は、国境を超え、ジャンルを超えて、そんな絶妙の味わいに迫りたいと願っています。
(『百味』2012年5月号に掲載された「ウィーン便り28」)

緑豊かなプラハの町並み ヴルタヴァ川の上空を漂う気球
ドヴォルジャーク博物館 ブルノのヤナーチェク音楽院
「黄金の子羊亭」の建物 カフェ・ハイナーのブフテルン
■アン・デア・ヴィーン劇場の禁断のキス

 今年はウィーンが生んだ画家、クリムトの生誕150周年。代表作『接吻』を所蔵するベルヴェデーレ宮殿を始め、レオポルト美術館、美術史美術館、アルベルティーナなど、ありとあらゆる会場で興味深い特別展が催されています。
 日本から戻って間もない1月19日、アン・デア・ヴィーン劇場で、クリムトの名画を音楽で表したような(?)オペラに出会いました。《魔笛》の台本作家シカネーダーが建てたこの劇場は、モーツァルトだけでなく、ベートーヴェン、ヨハン・シュトラウス2世、レハールといった数々の作曲家たちと深い関わりを持っています。
 2006年に“新しいオペラハウス”として再スタートを切ってから、ちょくちょく足を運んできましたが、淡い水色を基調としたかわいらしい内装で、大きすぎないため手頃な席でも良い音響を楽しめます。
 他の劇場では滅多に観られない、個性的なプロダクションも魅力的――この日はチャイコフスキーの《イオランタ》とラフマニノフの《フランチェスカ・ダ・リミニ》という、2つのロシア・オペラが上演されました。
 前半のチャイコフスキーは、盲目の王女イオランタに、その辛い事実を知らせまいとする父王ルネの愛情が胸を打つ、大変美しい作品です。世間から隔絶された城内で、王の厳命を守る者たちに育てられたイオランタは、「目はただ泣くためにある」のであり、皆が自分と同じなのだと信じているのです。
 清純な彼女に一目惚れし、やがて結婚することになるヴォデモン伯爵が「視力は神の素晴らしい創造物を認識するためにあるんだ」と告げると、イオランタは「私は心の中や、聴覚を通して、神の偉大さを同じように感じられるわ」と反駁します。
 この場面に差しかかった時には、本当にチャイコフスキーの音楽を聴いているだけで、場内にまばゆい光が溢れたように感じました。互いを思いやる二人の愛の力で、イオランタの目の手術も成功する……めでたしめでたしの幕切れでした。
 対照的に、休憩後のラフマニノフは、ダンテの『神曲』地獄篇に基づく救いようのない悲劇です。ダンテ自身が地獄を巡るプロローグとエピローグでは、むごたらしい情景が両耳から流れ込んできて、暗澹たる気分になりました。
 メイン・ストーリーは、地獄に落とされたフランチェスカとパオロの恋物語……フランチェスカはリミニのランチェオットと政略結婚させられますが、醜く足の不自由なランチェオットを拒むのではないかとの懸念から、その弟である美男のパオロが代わりに式を挙げ(!)、彼こそが花婿であると信じ込まされてしまいます。
 真実を知っても、フランチェスカは夫に従いますが、ランチェオットは彼女がパオロを愛しているのではないかと疑い、嫉妬に苦しみます。そして、旅行に出ると見せかけて家の中に隠れ、妻と弟の行動を窺います。
 フランチェスカとパオロは、騎士ランスロットとアーサー王妃グィネヴィアの道ならぬ恋の物語を読んでいるうちに、感情を抑えきれなくなってキスしてしまいます。その瞬間、二人はランチェオットに殺され、永遠に地獄をさまようことになるのです……
 《イオランタ》と《フランチェスカ・ダ・リミニ》は、作曲家の最後のオペラにあたること、モデスト・チャイコフスキー(ピョートル・チャイコフスキーの弟)の台本によることなど、多くの共通点を持っています。演出家のスティーヴン・ローレスは、最後まで観るとそのつながりが浮かび上がるように、洒落た工夫を凝らしていました。
 え、何ですって?舞台上のキスでは物足りない?――そんなあなたは、是非1区の「カフェ・ツェントラル」にいらしてみてください。2012年のメモリアル・ケーキ、金色に輝く「クリムト・サプライズ」や、『接吻』の絵つきの「クリムト・ヌス・クス」が、アマイ欲求を存分に満たしてくれるでしょうから!
(『百味』2012年3月号に掲載された「ウィーン便り27」)

アン・デア・ヴィーン劇場 劇場側面に残されている「パパゲーノ門」
劇場内の天井 カフェ・ツェントラル
ケーキ「クリムト・サプライズ」
■「バーデンのモーツァルト」とアイスショコラーデ

 いろいろと辛いこともあった2011年ですが、振り返ってみれば、シリーズ公演 ''Reine pur'' を始め、音楽的には実りの多い年となったように思います。ソロだけでなく、室内楽でも思いがけない発展があり、その双方が互いに良い刺激をもたらしてくれました。
 「室内楽での発展」とは、世界的な名ヴァイオリニスト、エドゥアルト・メルクス教授に大変気に入っていただくことができ、彼が主宰する催しに出演できたこと――歴史の重みを感じさせる熱い音楽に導かれ、様々な編成の名曲に命を吹き込んでいくことは、チェリスト冥利に尽きる素敵な体験でした。
 発端となったのは、ウィーンから約26km離れたバーデンのモーツァルト週間、「バーデンのモーツァルト」。私は8月23日のコンサートで、ウィーン国立音大のペーター・バルツァバ教授らと《ピアノ三重奏曲 変ロ長調》や《ピアノ四重奏曲 ト短調》を共演、21日のオープニング・セレモニーでも《ディヴェルティメント》(弦楽三重奏曲)のメヌエットを演奏しました。
 バルツァバ教授の奏でるピアノはとても魅力的で、ウィーン生まれの彼がモーツァルトを ''keck''(いなせな、おきゃんな)と形容していたのが印象的でした。一見単純そうなチェロ・パートにも、「深い愛情を込めて弾いているね!」と、絶えず繊細な耳を傾けてくださるのです。
 モテット《アヴェ・ヴェルム・コルプス》を作曲したゆかりの地、バーデンを舞台としたモーツァルト週間は、講演つきの4つのコンサート、ロレット博物館の展示、モーツァルトの足跡を辿る散策が組み合わさった、非常に興味深いものでした。
 ロレット博物館の展示品は、バーデンの胸像(微笑むモーツァルト)、ストックホルムの肖像画(やぶにらみのモーツァルト)、《魔笛》の自筆譜のファクシミリなどで、私自身もオープニング・セレモニーで訪れた折にゆっくりと鑑賞することができました。
 ただ、この頃は記録的な猛暑続き……コンサート会場に早く着きすぎてしまった数分すらも外で待っているのが困難で、よろよろと近くのカフェに“避難”したのを覚えています。そこで飲んだアイスショコラーデ(ヴァニラアイスクリームとホイップクリームが乗った冷たいチョコレートドリンク)の美味しかったこと!
 モーツァルト→チョコレートドリンクと来れば、オペラ《コジ・ファン・トゥッテ》の一場面が生き生きと思い出されます。女中デスピーナが「チョコレートを苦労してかき混ぜても、味わうのはお嬢様方、私に残るのは香りだけ」と嘆く通り、チョコレートはモーツァルトの時代にはかなりの贅沢品だったようです。
 モーツァルトが従妹マリア・アンナ・テクラに宛てて書いた手紙「残念ながらヨーゼフ・ハゲナウアーが亡くなりました――彼の家で、あなたと僕の姉と僕とで、チョコレートを飲みましたよね」からは、作曲家自らもチョコレートの味わいを愛で、後々まで快い思い出としていた様子がうかがわれます。
 そして今日、「お菓子の都」ウィーンのチョコレートはますます魅惑的。アルトマン&キューネ、ベルガー、ショコ・ラーデン・ヴェルクシュタットといった個性的な専門店がひしめき合い、とりわけショコラーデケーニッヒの店内で飲むことのできるハイセ・ショコラーデ(ホット・チョコレート)は絶品です。
 アイスショコラーデの季節が終わっても、メルクス教授をめぐる室内楽は続き、目下はベートーヴェンの壮大な弦楽四重奏曲《大フーガ》に取り組んでいます。2012年は一体どんな響き・どんな味覚との出会いが待っているのかしら?今から楽しみでなりません。
(『百味』2012年1月号に掲載された「ウィーン便り26」)

「バーデンのモーツァルト」のパンフレット オープニング・セレモニーで演奏したロレット博物館
バルツァバ教授、太田英里さんとのピアノ三重奏 夏の思い出、アイスショコラーデ
ショコ・ラーデン・ヴェルクシュタットのショーケース ショコラーデケーニッヒの風情ある店構え
■新しい道、新しい味

 季節はめぐり、だんだんと次回の帰国公演が近づいてきました。Reine pur 第1回「モーツァルトの影法師」にご好評いただけたのを励みに、この秋は「新しい道」と題した第2回のプログラムに取り組んでいます。
 「新しい道」は、シューマンが若きブラームスを世に送り出した、熱烈な紹介記事のタイトル。その中に「向上めざましい芸術家たち」として名を連ねるディートリヒとバルギール(クララ・シューマンの異父弟)の知られざる名曲が、両巨匠の対話を美しく彩ります。
 生前、シューマンの後継者として非常に高く評価されていたディートリヒは、4歳年下のブラームスの生涯の友でもありました。共通の友人ヨアヒムのために、(誰がどの楽章を書いたか当てさせようと)シューマンが間奏曲とフィナーレを、ブラームスがスケルツォを作曲した《F.A.E.ソナタ》で、ディートリヒは第1楽章を受け持っています。
 「僕の音楽をいつも温かく理解してくれて、ありがたいかぎりです。君のような立派な音楽家が満足してくれるのが信じられない」(ブラームスからディートリヒへの手紙)――ディートリヒ唯一の《チェロ・ソナタ》からは、彼の誠実で包容力ある人柄が聞こえてくるようです。
 シューマンの《アダージョとアレグロ》は、「新しい道」執筆の4年前にあたる1849年に作曲されました。ちょうどヴァルヴ・ホルンが普及しつつあった頃で、ピアノとホルンを想定して書かれましたが、「チェロまたはヴァイオリンで演奏してもよい」とされ、チェリストの代表的なレパートリーとなっています。
 クララへの尊敬の念を絶やすことがなかったというバルギールは、義兄シューマンの援助を受け、ブラームスとも親交を結びました。優しく静謐な美しさが印象的な彼の《アダージョ Op.38》を通して、音楽史から抜け落ちてしまった “ 当時の情景 ” を再現することができれば幸いです。

 ブラームス来訪から半年も経たないうちに、シューマンの精神の変調は危機的な様相を呈し、ついには投身自殺を図り、保護施設に収容されてしまいます。1856年にシューマンが亡くなった後、ブラームスはデュッセルドルフ、デトモルト、ハンブルクなどを転々としていましたが、やがて新天地を求め、憧れのウィーンに向かいます。
 初めてウィーンを訪れた年、1862年に着手された《チェロ・ソナタ第1番》は、ブラームスが見定めつつあった “ 己の道 ” (過去の大作曲家たちを模範に新しい音楽を作り出す)をはっきりと伝えています――バッハやベートーヴェンへのオマージュとも言うべきこの作品を、彼は「シューベルトの貴重な自筆譜を入手できたお礼に」友人のゲンスバッハーに捧げるのです。
 「ウィーンでバッチリ身につけた流儀で……奥方の御手にくちづけとさよならを」この頃のディートリヒ宛の手紙を読むと、ブラームスが茶目っ気たっぷりに、ウィーン独特の空気に溶け込んでいったことがわかります。
 とりわけ、魅惑的な「カフェ文化」は末長く愛し続けたようで、カフェ・シュペールに足繁く通い、遠く離れた避暑地ですら、ウィーン製のミルで自らコーヒー豆をひいていたのだとか。
 ドイツ語ではコーヒーのことも「カフェ」(Kaffee)と言いますが、ブラームスはアクセントを最後のシラブルに置き、ウィーン風に「カフェー」と発音していたそうです。12月16日(金)ソノリウムでのコンサートで、ちょっぴりウィーン風味?の青年ブラームスをご堪能ください。
(『百味』2011年11月号に掲載された「ウィーン便り25」)

シューマンがウィーン滞在中に住んだ家(右から2軒目) レッセル公園のブラームス像
ブラームス記念室 カフェ・シュペール
歴史を感じさせる店内 コーヒーとケーキ「シュペールシュニッテ」
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