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『レイネ デビュー』/平野玲音
曲目:ドビュッシー/チェロ・ソナタ
マスネ/タイースの瞑想曲
ストラヴィンスキー/イタリア組曲
フランク/チェロ・ソナタ
発売元:(有)ジェイズミュージック
2005年11月、12月 ウィーンにて録音
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◎インタビュー企画「こんにち話」「心に響く音色を」 ------
一瞬の素晴らしさ奏でて ------
「 回り道も大切と知る 平野玲音(チェロ奏者)」
〈チェロはオーケストラに欠かせないだけでなく、心に染み入る独奏曲も多い。瞑想(めいそう)を誘う深い音色、つややかな響きで豊かな情感を紡ぎ出す。音楽の都ウィーンを拠点にその魅力を究めつつある、今が旬の演奏家だ〉
あまり音楽になじみのない方が聴かれても、すごく温かい音色ですね、という感想をよく聞きます。親しみやすいとか穏やかな気持ちになったとか…。忙しい毎日に追われ心を閉ざしてしまうときにも、心の中に入ってきやすい音なんです。
音楽とは、心とか世の中の風景と結び付くものだと思っています。欧州では歴史的に言葉と密接につながっていますし、歌や踊りにもかかわっています。ウィーンでは、実際にウインナワルツを習いました。それを生かして演奏すると、お客さまにも伝わるようです。
同じ曲でも演奏するたびに違うものととらえるべきだ、ということもウィーンで学びました。ただ単に上を目指していくというのではなく、その時その時に一瞬の素晴らしさを表すという面もあるということです。
人間って、いつも同じではないですよね。それを表現すれば、演奏が違って当然です。
日本は洋楽を採り入れてきたわけですが、遠い国の文化が伝わってくる過程で、西洋音楽が本来持っている「楽しみ」「遊び」という要素が見落とされてしまったんじゃないでしょうか。そうした要素が求められる時代になったらいいな、というのがわたしの夢です。
日本ではコンクールが重視されますが、ウィーンではそれほど注目もされていません。聞けば分かるという世界です。技術的な完成度よりも、音楽そのものを大切にはぐくむ空気があります。
〈両親がともにチェロ奏者という音楽環境に育ち、将来は定まっていたかに見えたが、あえてチェロを突き放した時期もあった。それが自己発見につながり、演奏家としての幅を広げたようだ〉
両親は、子どもができたらチェロを弾かせると、わたしが生まれる前から先生も予約してあったくらい。どうしても義務感がありました。練習をするのが当然という環境だったので。
大学受験を機に一時期、きっぱりとやめました。今のままでは行き詰まるだろうと。弾く気にならなくてはどうしようもないので…。それで一年間、チェロに触らなかったんですよ、初めて。
チェロが嫌いだったときもオペラは好きで、モーツァルト・イヤー(没後二百年)だったこともあって「魔笛」などを飽きずに何度も見ました。そのころ、英国のチェリスト、イッサーリスの演奏を偶然聴いて、オペラのアリアの美しさと共通したものを感じ、自然に体の中に受け入れられたんです。
やはり人生は一度きりなので、無駄にしてしまうのはもったいないですよね。本当に自分がやりたいと思っていることをできるのが一番だと思います。回り道の大切さということも学びました。
いろいろな方が弾いてきた歴史のある楽器を使っています。自分が弾けなくなった後でも、次の世代に受け継がせなくてはという思いで、弾いています。楽器のほうがわたしのことを覚えていてくれたら、すごく光栄です。楽器が演奏家の音になってくる。楽器から教えられる、ということもあるんですよ。そういう意味でも、チェロをやってすごく 幸せだなと思っています。(聞き手は共同通信編集委員・山崎博康、写真 服部泰)
<平成19年10月14日東奥日報 /岐阜新聞 /10月16日 秋田魁新報 /10月17日 宮崎日日新聞 /山陰中央新報 10月19日 信濃毎日新聞(夕刊)/10月 20日 山形新聞 /山陽新聞(夕刊) 10月22日大分合同新聞 /10月30日 静岡新聞 /11月 4日 岩手日報 に掲載>
共同通信提供
■コンサート評より----------------------------------------------------------
◆『音楽現代』2008年7月号
……川崎の寺院で開かれた「お寺で聴くチェロの響き」はまずバッハ/無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調BWV1011。閑静な自然の中、小鳥の囀りと共に聴くバッハはまた格別。場所が場所だけによりいっそう求心的な演奏に聞こえたが、前奏曲から平野の黒光りするように独特なチェロの音色が所を得、アルマンド、クーラントと進むに従い深みを増した。休憩後はまず滅多に聴く機会のないアイネム/無伴奏チェロのための音楽(1995)で、「ブルックナーとの対話」を書いたアイネム最晩年の作だけに前衛ではなくバッハに続けて演奏するに相応しい名作。次は「鳥の歌」。惜しくも本物の鳥との共演こそならなかったものの真摯な哀しみに裏打ちされた名演となった。平野のトークに続き、最後はマレ「スペインのフォリア」。アンコールにはバッハ/無伴奏チェロ組曲第1番より前奏曲が演奏された。(浅岡弘和氏評)
◆『音楽現代』2008年1月号
……金子薫のピアノにより、前半はまずハイドン/アダージョ。交響曲第13番ニ長調の緩徐楽章の編曲版だが、実に朗々とした高雅な響きで演奏された。次はシューベルト/アルペジョーネソナタ・イ短調で、抒情性と踊るような歌心に満ちた第1楽章から、日本歌曲のように親密なアダージョといい、フィナーレではシューベルト特有のやるせないロマンティックな心情を優雅に余す所なく吐露した。
後半はまずフォーレで「シシリエンヌ」「エレジー」「ロマンス」の3曲。平野の小品での節回しの上手さは天性のものか。最後のショパン/序奏と華麗なるポロネーズ・ハ長調でも金子のブリリアントなピアノと平野のノーブルなチェロの音色がベストマッチしていた。質問タイムの後のアンコールはクライスラー「ロマンティックな子守歌」。(浅岡弘和氏評)
◆『音楽現代』2007年7月号
……R・シュトラウスの若書きの傑作チェロ・ソナタ・ヘ長調を演奏したが、やはり素晴しく伸びのある高音といい音量も豊かで第一級の素材だ。アンダンテも真摯な緊迫感があり凄みすら感じさせられたが、フィナーレでは再びユーモラスで優雅な歌が聴けた。 後半は小品集で、まずメンデルスゾーンが2曲、「春の歌」と「無言歌」。平野の小品はノーブルな音色が天性の節回しの上手さによってより引き立つ。そしてヨハン・シュトラウスのロマンス「甘美な涙」が弾かれると、最後はクライスラーを2曲、「愛の悲しみ」「愛の喜び」、ヴァイオリンに比べ、随分骨太で充実感があるが、洒落たウィーン情緒も満点で、アンコールも「ウィーン、我が夢の街」。(
浅岡弘和氏 評)
◆『音楽現代』2007年2月号
……前半はベートーヴェン。まずは「ユダス・マカベウス」の主題による12の変奏曲。平野のチェロはフレッシュで瑞々しい音色といい、実にのびのびと力強い。会場が小さいせいもあり臨場感も満点だったが、次のチェロ・ソナタ第5番ニ長調もベートーヴェンの自由奔放な精神をノーブルで剛毅な演奏で雄弁に表現した。
後半はチェコの作曲家で、まずドヴォジャーク/ロンド。あまり弾かれない民俗舞曲的な佳曲だがメランコリックなメロディーは何ともやるせなく卓越した表現力を感じさせる。最後はマルティヌーが第2次世界大戦中、アメリカに亡命した直後に作曲したチェロ・ソナタ第2番(1941)で、恐らくこれが日本初演とのことだが含蓄に富んだ幾分苦しげで錯綜した音楽をピアノ共々鮮烈に演奏。第2楽章の苦悩も立体的に表現され、フィナーレでは両者の火を吹くように熾烈な激突が聞かれた。アンコールは「ユモレスク」。(
浅岡弘和氏 評)
◆『音楽現代』2006年4月号
……前半はまずドビュッシー/チェロソナタ。冒頭から素晴らしく情感に満ちた歌が奔出。実に雄大なスケールで伸び伸びと弾ける大型チェリストの登場だ。次のマスネ「タイスの瞑想曲」でも心から感じ入った歌声が奏でられたが、音色にこの楽器特有の鼻にかかったような癖が全くないのも特筆すべきで人声のように素直に心に入って来る。続くストラヴィンスキー/イタリア組曲(1932)でも平野の小味で瀟洒なセンスの良さが光った。
後半はフランク/ヴァイオリンソナタイ長調のチェロ版で、アンニュイな情感は多少後退するものの、チェロならではの濃厚なカンタービレと重量感が生み出したがっしりした聴き堪えのある第1楽章といい、フィナーレの花園も平野のノーブルな音楽性が満開だった。(
浅岡弘和氏 評)
◆『音楽の友』2006年3月号
……平野は、暖かく柔らかな音色を駆使し、全体を通して極めて繊細に、そして細部に至るまで実に丁寧に音楽を彫琢していく。(中略)起伏をあまり取らずに古典的な色調を基盤として気品ある情感で説得力のあったストラヴィンスキー、深々とした味わいとロマンティックな陰影を表徴したフランクなど、魅力ある対峙で大きなポテンシャルを感じさせた。(
真嶋雄大氏 評)
◆「音楽の友」2007年9月号
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◆「弦楽ファン」2007第七号(「月間エレクトーン」1月号別冊)
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◆ドイツの新聞『フライエ・プレッセ』2004年6月14日
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玲音の夢かなう
ヴァルデンブルク宮殿でのマスタークラスに集うチェリストたち
日本の音楽学生平野玲音とロンドンから到着した教授スティーヴン・イッサーリス(右)、
ヴァルデンブルク宮殿でのシャフラン・フェスティヴァルにて
ヴァルデンブルク。 チェロの弦の最後の振動が広い空間へと消えていった後、ヴァルデンブルク宮殿の青の間から短い心地の良い拍手が響く。満足げなざわめき。何メートルもある、重い両開きの扉が開く。赤いブラウスを身にまとい長い黒髪を一つに束ねた平野玲音は、立ち上がり、チェロを手に、幸せそうに微笑みながらコンサートホールを後にする。 |
この愛らしい日本女性はヴァルデンブルクのシャフラン・フェスティヴァルに参加するため、多くの若い音楽家たちと同じようにとても長い道のりを旅してきた。若い音楽家たちはこのマスタークラスを訪問するため、ドイツのあらゆる地域からにとどまらず、スペイン、イギリス、そして台湾からすらやってきた。
平野玲音は長時間電車で旅しなければならなかったことをほんの一瞬すら悔いていない。彼女は、まるでたった今自分の最も大きな夢の一つが現実になったかのように幸せそうに微笑む。3歳からピアノを、9回目の誕生日からチェロを弾いている彼女は、ここヴァルデンブルクで彼女の巨大なアイドルであるイギリスのチェリスト、スティーヴン・イッサーリスに会い、彼と一緒にたっぷり一時間演奏し、彼から指摘を受けた。彼女は幸運にも、熱望したイッサーリスのマスタークラスの一つを手にすることができたのだ。このイギリスのチェリストが稀にしかしないマスタークラスはここヴァルデンブルクで「純粋な理想主義」によって行われたのだ、と主催協会アルティス・カウザのトビアス・トイマーは語る。
人々がまだホールから流れ出ている間に、スティーヴン・イッサーリスはすでに再び急いで荷物をまとめている。なぜなら彼はロンドン行きの飛行機に間に合うよう、すぐに出発しなければならないからだ。
2年前からウィーンでウィーン・フィルハーモニー団員のもとで学ぶ、東京出身の日本人平野玲音の夢は、イギリスの教授の短い滞在期間にもかかわらず実現した。そのために彼女はウィーンからヴァルデンブルクへ旅してきたのであり、よりにもよってここで彼女にその可能性が提供されたと喜ぶ。「私にとって大きなチャンスだったの」と平野玲音は彼女のレッスンの後で言う―そこではイギリスの教授イッサーリスが聴いただけでなく、この著名なチェリストを体験し自らのチェロ演奏のためにいくらかのことを学べるよう、なおたくさんの他のフェスティヴァル参加者がともにホールに座っていたのだ。
エッセンから来たクリスティアン・ハッカーもその一人だ。24歳の彼もマスタークラスに応募したのだが、15人の他の若い音楽家に先を譲らなければならなかった。「学生たちの水準は非常に高かったので、恥ではないよ」とハッカーは平野玲音のレッスンの後で言った。
協会会長トビアス・トイマーと、同様に協会会員であるドレスデンの教授ペーター・ブルンスが、イッサーリスをシャフラン・フェスティヴァルのためヴァルデンブルクへと呼び寄せた。1997年に亡くなったロシアの傑出したチェリスト、ダニイル・シャフランを記念して行われた催しが、このイギリス人のマスタークラスを可能にした。そしてそれは、名高いドレスデンのチェリストであるペーター・ブルンスにとっても「特別の出来事」であったのだ。 |